祈りに近きもの

2015年01月01日

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「 有事は時すでにこれ有なり、
 有はみな時なり、
 丈六金身これ時なり、
 時なるがゆえに
 時の荘厳光明あり 」
         ー有事(うじ)-

 存在とはみな時である。
 仏の姿も時であるという。
  時は光りかゞやく荘厳を完成している。
 その中に私の時も存在している。

(『渓声山色』 遠藤太禅 より 154頁 )


謹賀新年
明けましておめでとうございます

さあ、2015年の幕開けです

光り輝く荘厳を完成している時の中
私は、
私なりの輝きを放ち生きてゆきたい
と願います


今年も一年
みんな
笑って
微笑んで


2014年12月31日

4af257ff.jpg「 ただ身心をきよむるにあらず
  国土樹下をもきよむるなり 」
           (『正法眼蔵』)


2014年12月31日
いよいよ大晦日となりました

部屋を片づけて家のまわりを掃いて
綺麗さっぱりして、
あとは新年を待つばかりという方は
大勢おいでだと思います

そうでない方も慌てることはありません
年明けて三日坊主になる前にしっかりと
整理整頓をすればいいのです

さて、

身のまわりを綺麗にしたあとに
もうひとつ忘れてならないのが
心の塵垢を落とし清めることです

簡単に見えて実はこれが一番難しい

べっとりついた塵垢に自分で気づかぬ
ことが少なくないからです

大晦日大忙しのところではありますが
この日だからこそ少し時間を割いて
塵垢をきれいさっぱり落としたいものです

つい先日、
檀家でもないのによく行く寺に参りました
いつもの通り、東司(手洗い)には

烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)

がすごい形相で立っておられます

この明王様は古代インドに“アグニ”と
呼ばれた炎の神様で一切の塵垢を
焼き尽くす功徳があると信じられ
寺のお手洗いでもときどき見かけます

この明王様の功徳のおかげか、私は日頃
お手洗いを使うたびに便器と大小便に
手を合わせます、そうするだけで
塵垢も一緒に落ちていくような気がします

道元禅師は身心を清めることはただ単に
自分に止まることなく広く自然や社会をも
清め浄めていくものだと喝破しています

さあ、
ご一緒に心の塵垢を落とし清めて
清々しい気分で新年を迎えましょう


今日も一日
みんな
笑って
微笑んで


2014年12月30日

2f90a74e.jpg「 天ハ大
  地ハ大
  人モ大
  故ニ
  人ノ形ヲ象(カタド)リテ大トス 」

(『説文解字(せつもんかいじ)』)


週刊誌など最近はとんと読まない私ですが
人との待ち合わせに選んだコンビニで
ぱらぱらとめくって読んでいた週刊現代で
轡田隆史が連載中の「人生のことば」に

後漢時代の儒学者の許慎(きょしん)の言葉を
紹介しているのを見て面白く感じました

天も地も大だが、人だって負けず劣らず
大なんだ、だから大という字は人から
出来てるんだ

というような意味なんでしょうか

轡田さんは夏目漱石の『三四郎』に
登場してくる「偉大なる暗闇」が三四郎に
語った言葉として

「 熊本より東京は広い。
  東京より日本は広い。
  日本より頭の中の方が広い 」

というくだりも引用していましたが
私は和田重正の

「宇宙非大、人間非小」

を思い浮かべます

宇宙と言えども大きいわけではない、
人間と言えども小さいわけではない

と読める言葉には広々としたのびやかな
雰囲気があって好きなのです

どんな人であっても“大”なる存在であり
宇宙と等しくかけがえのない命である

そのことをたまには思い出したいものです


今日も一日
みんな
笑って
微笑んで


2014年12月24日

8edab826.jpg「 而今の山水は、
  古佛の道現成なり 」
( にこんのさんすいはこぶつの
  どうげんじょうなり )
    (『正法眼蔵』道元禅師 )

無限の過去から現在までと、
現在から無限の未来までの、
すべてを含めたところの今(而今)、
時間のみならず自己を包む大宇宙
としての空間も含めたところの今(而今)

そういう今(而今)、
目の前に見えてくる山水のすべてに
仏様がおいでになり現れている

というような意味に私は読みとります


さて、
今年も残すところ僅か一週間となりました

年の瀬が迫り新年がやってくるからと
訳もなく気ぜわしく慌しい気持ちに
なりがちな私たちではありますが、
考えてみたら年が明けようと明けまいと
焦ったり慌てたりすることなど何もありません

息を切らして何が何だか訳も分からぬまま
駆けまわるのをやめて、静かに坐して
姿勢を調え呼吸を調え気持ちを調えて
みればいいのです

そうすれば道元禅師の言葉にあるように
山水にひそむ仏様が私たちの前に現れてきます

合掌


今日も一日
みんな
笑って
微笑んで


2014年12月21日

506e8a7a.jpg「 風に舞う
  落ち葉にしかと
  大地あり 」


見知らぬ街を歩くときには
一番高い場所、
一番低い場所、
地元の古くて賑わっている酒屋、
そして
神社仏閣

を出来るだけ訪ねるように私はしています

さて、つい最近、驚くほどに神社仏閣の
多い街を二時間近くかけて歩いたことが
ありました

そのときある寺の伝道板で見た言葉です

風に舞う落ち葉のようにいずこに
向かっていくのか自分で分からなくとも
大地が必ずしっかりと受け止めてくれるから
安心なさい、安心なさい、安心なさい

と説かれているように私は読みます

この言葉を覚えて帰宅したら、
時々出かけては法話を聴かせて
いただいている寺から寺報が届いていて

「 土となる
  落ち葉が
  春芽を
  育ててる 」

という言葉がありました

大地に受け止められた落ち葉は土になり
生まれくる命を育む仕事をするのです

シンクロニシティ(共時性)と言われる
意味のある偶然が今回も起きた
そんな気がします

合掌


今日も一日
みんな
笑って
微笑んで