言霊

2014年12月30日

2f90a74e.jpg「 天ハ大
  地ハ大
  人モ大
  故ニ
  人ノ形ヲ象(カタド)リテ大トス 」

(『説文解字(せつもんかいじ)』)


週刊誌など最近はとんと読まない私ですが
人との待ち合わせに選んだコンビニで
ぱらぱらとめくって読んでいた週刊現代で
轡田隆史が連載中の「人生のことば」に

後漢時代の儒学者の許慎(きょしん)の言葉を
紹介しているのを見て面白く感じました

天も地も大だが、人だって負けず劣らず
大なんだ、だから大という字は人から
出来てるんだ

というような意味なんでしょうか

轡田さんは夏目漱石の『三四郎』に
登場してくる「偉大なる暗闇」が三四郎に
語った言葉として

「 熊本より東京は広い。
  東京より日本は広い。
  日本より頭の中の方が広い 」

というくだりも引用していましたが
私は和田重正の

「宇宙非大、人間非小」

を思い浮かべます

宇宙と言えども大きいわけではない、
人間と言えども小さいわけではない

と読める言葉には広々としたのびやかな
雰囲気があって好きなのです

どんな人であっても“大”なる存在であり
宇宙と等しくかけがえのない命である

そのことをたまには思い出したいものです


今日も一日
みんな
笑って
微笑んで


2014年11月30日

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「 己が身は
  水をも火をも
  いといなく
  救い上ぐるぞ
  御佛の慈悲 」

「 己が身を
  すり減らしてぞ
  人のため
  世のためつくす
  御佛の慈悲 」


鶴見総持寺の香積台の玄関に
対になって置かれている満面笑顔の
布袋さん大黒さんが私は好きです

お二人の木像の後ろには冒頭の歌があり
それぞれにしゃもじとすりこぎが
添えられていて歌の内容にもぴったり

自分のことだけで精いっぱいの暮らしに
流されがちな娑婆世界の私たちですが

己が身を投げ捨てすり減らし、人のため
水も火もいとわず救いあげる慈悲業に
没頭する布袋さん大黒さんの溢れる笑顔に
学びたいと常々私は願っています

人の苦しみを抜き、人に楽しみを与える
そのことが底抜けの笑いあるいは微笑みを
生み出すのだろうと思います

もっと踏み込んで言いかえてみると、
苦しみの真っ只中にある人であってこそ
人の苦しみを癒やし抜き去ることを通して
己が苦しみを超えていく奇跡が
起きていくのだろうと私は思っています

携帯電話の待ち受け画像に私が密かに
使っているのはこのことを忘れず
肝に銘じるためでもあります

「 苦しみも
  笑って笑って
  微笑んで 」
      (定張豚)


今日も一日
みんな
笑って
微笑んで


2014年11月29日

888b40e6.jpg「 水は うたいます
  川を はしりながら

  海になる日の びょうびょうを
  海だった日の びょうびょうを

  雲になる日の ゆうゆうを
  雲だった日の ゆうゆうを

  雨になる日の ざんざかを
  雨だった日の ざんざかを

  虹になる日の やっほうを
  虹だった日の やっほうを

  雪や氷になる日の こんこんこんこんを
  雪や氷だった日の こんこんこんこんを

  水は うたいます
  川を はしりながら

  川であるいまの どんどこを
  水である自分の えいえんを 」

       ( まど・みちお )



まどさんが104歳で亡くなったのが
今年の2月(2014年2月28日)
はや9ヶ月になりました

手にとった冊子にまどさんの

「水はうたいます」

が掲載されていて懐かしく思い出しました

様々の姿かたちに変化(へんげ)して
様々の歌をオノマトペで水が唄います

幼い子にも分かる易しい言葉だけを使って
心に深く伝わってくる詩をたくさん
残してくれたまどさん

私事で恐縮ですが、
一日一食の暮らしを始めて1ヶ月になりますが
カラダの六割が水分で出来ているという
事実以上に生命(いのち)が水で
生かされいることを痛感しています

まどさんの詩では水は唄っていますが
私が毎朝一番に飲む水は、
おはよう、起きなさい、今日も元気でな、
と語りかけながらカラダじゅうを
かけ巡っていきます


“水”は生命(いのち)です
“水”は仏(ほとけ)です
“水”は法(しんり)です
“水”は僧(なかま)です

合掌


今日も一日
みんな
笑って
微笑んで


2014年11月23日

2d36ba4c.jpg「 Think in the morning.
  Act in the noon.
  Eat in the evening.
  Sleep in the night. 」

     ( William Blake )

( 朝に想い、
  昼に汗し、
  夕べに食し、
  夜に眠る )
   (定張豚訳)

どこかでメモ書きした紙きれが出てきました
ウィリアム・ブレイクの詩が書かれています

簡潔な言葉ですが彼の思いが
しみじみと伝わってきます

私としては遊び心で
“Think”とあるところを“Pray”(祈る)に
置き換えてみたくもなりますが。。。

自然とともにあり四季の移り変わりに
逆らわず生きる姿勢が見えてきます

想い(祈り)、汗をながし、日に一度の食を
感謝していただき夜は静かに床につく

私たち人間の日々の暮らしのあるべき姿が
平易な言葉で過不足なく綴られているように
私には読みとれます

今日は勤労感謝の日、日々汗を流し働く
人々に感謝する日でありますが
日々勤労ができるわが身を感謝する
そういう日でもあって欲しいと願います

そういえば、
今日はむかし新嘗祭(にいなめさい)と
呼ばれた日です、五穀豊穣、自然の恵みに
感謝する日であることも思い出しておきます

感謝!多謝!


今日も一日
みんな
笑って
微笑んで


2014年11月22日

6657dc44.jpg「 いままでひとの年齢(とし)きいて、
 八十なんていわれると、
 へえっと思ったもんだけど、
 こんだ自分でね、その八十ンなっちまって、
 八十になりゃ、たいてい参っちまうもんだけど、
 参らないから、まごまごすると、
 九十まで生きちまうかも知れない。

 でもね、最近はよく、
 冥土(めいど)へ行った夢見るんです。
 ええと、ここが冥土なんだなって、
 そんな夢を見てる。じっさい、ここまでくると、
 どこまで生きりゃいいんだって、
 いいたくなっちまう。ねえ、つまんないもう。
 いつもそう、なんかあると、ああ面倒くせえ、
 はやく参っちめいてえなって。
 けど、こればかりはね、まさか、
 刀持ちだし腹ァ切るわけにもゆかないし、
 だいいち、そのう、ああいうことは
 やりつけないから、上手くいく気づかいがない 」

(『人間臨終図巻』から古今亭志ん生・五代目 331~332頁 )


高倉健さんが他界したことで今は追悼番組や
追悼特集があちこちで放送されているようです

テレビを見ない私は山田風太郎の

『人間臨終図巻』

を引っ張り出してきて独り読み返しました

健さんと同い年(83歳)で死んだ12名を
風太郎は取り上げています

「 天の時は地の利にしかず
 地の利は人の和にしかず人 」
「 往(さ)る者は追わず来るものは拒まず 」
ほか数多くの言葉を残し故郷で隠遁死した孟子

「 窓を一つ開けてくれ。明かりが
 もっと這入(はい)るように 」
 と最後の詞を残して死んだ文豪ゲーテ

「 黒い光が見える 」と言って死んだ
超人的な好色漢の文豪ユゴー

「 余にもこれから先、ただいちどだけ
 幸福な日が来る。それは、寝て、
 ふたたびさめぬ日だ 」と言って死んだ
鉄血宰相ビスマルク

両眼を失明し脳溢血で死んだ生涯独身の画家ドガ

富山の百姓から一代で安田財閥を築きあげながら
暴富を憎んだ男に刺し殺された安田善次郎

十六年の闘病生活を不屈不撓の意志で耐え
最後は自らの意志で安楽死をとげたフロイト

「 自分が死ねば、世界も宗教も、神そのものも
 消滅するのだ 」と言いながら
牧師の聖書、賛美歌の前で「アーメン」を
唱えて死んだ正宗白鳥

「 私は妻にさようならをいいたいのだ 」と言って
死んだミッドウェー海戦、太平洋戦争で
活躍した米海軍指揮官スプルーアンス

生涯飲む打つ買うの道楽をやりつくしながら
極楽往生をとげた古今亭志ん生・五代目

老衰とパーキンソン氏病におかされて
最後は脳溢血で死んだ毛沢東

老衰の果て腎不全で寂しく死んでいった
「時代劇映画の父」伊藤大輔

83歳で逝った人々にも当然ながら
さまざまの死があります
ここに上げることのない無数無名の
人々にもそれぞれの死があります

高倉健さんの死の報道を聴いて今回も
死について(ということは生について)の
想いをめぐらすことが出来ました

あらためて
健さんのご冥福をお祈りいたします

合掌


今日も一日
みんな?
笑って
微笑んで

追記:

添付した写真はつい最近出かけた寄席で
紙切りの林家正楽に切ってもらった

「高倉健」

です

正楽には意地悪なそれでいて話題性のある
お題を出し困らせるのですが見事に
応えてくれる芸にはいつも感心します