いのちの讃歌

2014年11月11日

f935b13b.jpg「 そこで?陀多(かんだた)は大きな声を出して、

  「こら、罪人ども。
  この蜘蛛の糸は己(おれ)のものだぞ。
  お前たちは一体誰に尋(き)いて、
  のぼって来た。下りろ。下りろ。」

  と喚(わめ)きました。

  その途端でございます。
  今まで何ともなかった蜘蛛の糸が、
  急に?陀多(かんだた)の
  ぶら下っている所から、
  ぷつりと音を立てて断(き)れました。

  ですから?陀多(かんだた)もたまりません。
  あっと云う間(ま)もなく風を切って、
  独楽(こま)のようにくるくるまわりながら、
  見る見る中に暗の底へ、
  まっさかさまに落ちてしまいました。

  後にはただ極楽の蜘蛛の糸が、
  きらきらと細く光りながら、
  月も星もない空の中途に、
  短く垂れているばかりでございます。」

    ( 青空文庫『蜘蛛の糸』芥川龍之介より )



散歩をしていて体長10㌢はありそうな
立派な蜘蛛が樹木と樹木の間に
幅2㍍ほどの大きな巣を張ってその真ん中に
堂々と居座っているのを見つけました

蜘蛛に出会う機会がすっかり減ってしまって
いたのでじっとしばらく観察をしてみました
残念ながらその間に巣にかかる獲物は現れず
私はその場を去ることになりましたが
ひょっとしたらあの蜘蛛は獲物を食べて
昼寝中だったのかも知れません

蜘蛛を助ける幸運には恵まれませんでしたが
いたずらも何もせずに静かに眺めていたので
私が地獄に落ちたら蜘蛛の糸を垂らしてもらえる
かも知れません


今日も一日
みんな
笑って
微笑んで

余録:

『蜘蛛の糸』は今読み返しても美しい短編です

実はこの物語、ポール・ケーラスという作家が
書いた作品を芥川が新たに書き直したものです

原作は読んだことはありませんが
芥川の手柄は大きいのではと勝手に想像します

お釈迦様が極楽浄土に住んでおいでなのは
変ではありますが珠玉のような作品です


2014年11月05日

064e5fcc.jpg「 色は色ではないのではないか。。。
  色はいのちであるということを
  藍は教えてくれる。。。

  一瞬だけ緑色になって藍色になる、
  これは自然が見せてくれる。。。

  藍の葉を発酵させて作った藍の元、
  これは新月に藍をたててやると
  藍はとても機嫌がいい
  藍は(そのものが)小さな宇宙であり、
  月(の変化)との関係が深い。。。」



文化の日の特別番組で
染織家志村ふくみさんを特集した

『京の“いろ”ごよみ~染織家・志村ふくみの四季~』

が放映されているのをたまたま見つけ
最初から最後まで見入ってしまいました

舞台は、
娘(志村洋子)さんも含めたお弟子さんと
とともに居を構える狭路嵯峨野の工房

創作活動は、
一年の四季の移り変わりに寄り添って
自然に対する畏敬の念を忘れずゆっくりと
たっぷりと人手をかけ時間をかけて
草木からの“いのち”の贈り物である色を
丁寧に糸に染めあげ布を織り着物を仕立てる
すべての工程で繰り広げられていきます

ひとつひとつの作業は草木に耳を傾け
辛抱強い作業の連続なのですが
そのすべてなんとも美しく懐かしいのです

カラスエンドウをがむしゃらに摘む志村さん、
“泥の中から生まれてきた蓮糸”を
お坊さんからもらった茜で染める志村さん
開花前の桜の枝からの桜の精で染める志村さん
14、5歳の処女のためだけにあるという
天の恵みの紅を染める志村さん。。。

美しい映像とナレーションによる染色の物語は
“色がいのちである”
と語る志村さんの言葉を見事に
示してくれていました


今日も一日
みんな
笑って
微笑んで


2014年10月20日

fbe3e49a.jpg「 お棺を置き、布団をはぐった瞬間、
  一瞬ぞっとした。後ろにいた警察官は
  顔をそむけ後退りじ箒を届けに来る男などは、
  家の外まで飛び出していった。
  無数の蛆(うじ)が肋骨の中で波立つように
  蠢(うごめ)いていたのである。
       (略)
  蛆たちが、捕まるまいと必死に
  逃げているのに気づいた。
  柱をよじ登って逃げようとしているのまでいる。
  蛆も生命なのだ。
  そう思うと蛆たちが光って見えた。」

   (『納棺夫日記』 青木新門 より)



雲ひとつない秋空のもと散歩をしていると
目に飛び込んでくる生命(いのち)の営みは
すべてがそれぞれに美しいと感じられます

このような思いが生じているときの私は私で
普段の私ではなくなったような心持ちにも
なっています

むかし読んで感銘した青木新門の
『納棺夫日記』の一節を思い出しました

映画『おくりびと』の原作に使われた本です
私たちが忌み嫌う蛆虫が光り輝いて見えた
というくだりです

美しさとはいったい何なんだろう?

と考えたくなる問題提起にもなっています

果たして美しさは客体の中にある属性なのか
主体の中に生ずる幻想に過ぎないのか?

難しいことははわかりませんが
美しさは客体だけに属するものでも
主体の執われから生ずるものでもなく
主客が相互に成(じょう)ずるものだろう
という考えに私はいたりました

美しさの種は至るところ遍(あまね)くに在ります

その美しさを引き出すためにも
私は美しさを観ずる力を養わなければなりません


今日も一日
みんな
笑って
微笑んで


2014年10月05日

8f722782.jpg木場くんだりまで私が足をのばしたのには
ちょっとした訳がありました

婆さんが一人で開いている居酒屋があって
その店がなくなる前に是非行っておかねば
と急いで出かけてきたのです

時間が少しあったので店の近くをぶらぶら
していたら偶然に

ギャザリア・ビオガーデン
『フジクラ 木場千年の森』

というこじんまりした庭園を見つけました

ビルの谷間にある庭園には池があり
そこにはカルガモが二羽佇んでいました
案内板に説明のあるトチカガミという水草、
モツゴというメダカを少し大きくした魚が
群れをなして泳いでいます

町のど真ん中にビオガーデンがあるのも
皮肉といえば皮肉で悲しい人間の試みにも
見えますが、自然とともにあって初めて
人間は人間であることが出来ることを
思い出す場所になればそれはそれで大きな
意味があることかも知れません


今日も一日
みんな
笑って
微笑んで

追記:

私の知っている草花も知らない草花も
たくさん植えてありました

2000平米の小さな場所にでも実に
多種多様な動植物が生きているのです

○ マンサク
○ エコノキ
○ クヌギ
○ アラカシ
○ ヤブツバキ
○ ハンノキ
○ コナラ
○ ニガイチゴ
○ コバノガマズミ
○ ガマズミ
○ ヤマツツジ
○ クリ
○ イヌシデ
○ シラカシ
○ ウグイスカグラ
○ ツリバナ
○ ヒサカキ
○ コゴメウツギ
○ ミツバツツジ
○ トベラ
○ イボタ
○ ハナイカダ
○ マユミ
○ イロハモミジ
○ カジノキ
○ ヒメコウゾ
○ コナラ
○ キブシ
○ モミジイチゴ
○ ツワブキ
○ ホトトギス
○ ノカンゾウ


2014年09月28日

57b3ce10.jpg「(僕の)名前をつけてくれたんだね」
「 違うわ、聖アントニオからとったのよ 」
    ( 映画『ひまわり』の台詞から )


ゴーヤを使った料理を食べるのは
今年はこれが最後になりそうです

山の農園から送られてきたゴーヤで
スペイン風オムレツを作って食べました

山からの
白なす、ピーマン、シシトウの炒めものも
一緒にいただきます

玉子料理と言えばいろいろありますが
一度に沢山の卵を使った料理は見てるだけで
私はとても嬉しくなります

オムレツと言えば映画『ひまわり』

私の好きな悲しい物語の映画ですが、
新婚ほやほや幸せいっぱいの
マルチェロ・マストロヤンニと
ソフィア・ローレンがどっさり運ばれてきた
卵で巨大なオムレツを作って食べる場面を
思い出します

オムレツご馳走さまでした!


今日も一日
みんな?
笑って
微笑んで

追記:

冒頭の会話は運命のいたずらで引き裂かれた
元夫婦の二人が交わすさりげない会話です

ソフィア・ローレンの息子の名前を聞いた
マストロヤンニが自分の名前と同じなのを
知ってたずねる場面です
どうしようもない二人の辛さ悲しさが
伝わってきます