2014年12月02日

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今頃の時期にハイビスカスの花が咲いた
という連絡が友人からありました

ハイビスカスと言えば真夏の燦々と輝く
太陽のもとに咲く夏の花だというのに
こんな時期に咲くとはどうしたのか
不思議ですが微笑ましくもあります

咲いた大輪の花弁のハイビスカスは
見ていて気持ちがいいものですね

ハイビスカスと言えば、昔訪れた
宮古島・伊良部島で初めて見かけた

風鈴仏桑花(フウリンブッソウゲ)

の花を懐かしく思い出します

地元では“チョウチンブッソウゲ”、
“パーマネントハイビスカス”、
“コーラルハイビスカス”とも呼ばれる
赤い風鈴のようなとても美しい花です

私にとっては忘れられない思い出の花です


今日も一日
みんな?
笑って
微笑んで

追記:

季節はずれのハイビスカスの開花を知って

“この凍てつく冬に、花を探しに出なさい”

という言葉に衝撃を受けた押田成人の
文章の一節を私は思い出します


「 この冬、ローマから杖を曳いて来た
  一人の修道女から便りが届いた。
  「 あなたの所でのすべての事が、
  単純さを物語っていました。しかし、
  わたしの心に最も深く刻まれたのは、
  その優しさでした。優しさは、
  その場所の日々の生活を覆う着物のようでした。
  あなたとお話した朝、小屋に引き籠って、
  ミサでのあなたの言葉を思いました。
  『この凍(い)てつく冬に、花を探しに出なさい。』
  そう、毎朝、目覚めれば、
  もっと凍りついた大地がそこに在り、
  木々は裸でした。そして夜の寒さは
  想像もしなかったものでした。
  新しい小径(こみち)へ歩み出よ、
  と言われているのでしょうか。
  人生の道行では、単純さと優しさを
  伴侶にしなければならない、
  ということは知っていました。
  そのようにして、未知なるものへ導かれる、
  ということも知ってはいました。
  私は思い煩っていましたが、
  決意すると起ち上り、寒風の中に出ました。
  歩き続けた結果、一つの出会いが起こりました。
  脆くて強い花を見ました。
  触れることが怖いと思いました。
  それに近づくには、私は、空虚に、
  裸になる必要を覚えました。
  その花の名は、赤貧。
  そのお生命(いのち)は解脱。
  ……そうです。そちらでは冬の朝、
  花に出会います。その花の美しさを
  ながめながら、かくれ給う方の不思議に触れます。……
  私は、この町ローマで、
  この花のお生命を生きねばならぬのです……」
  厳冬に、黙想の旅から帰って来たら、
  床の間に、一輪の花が、
  シャーレの水の中に置かれていた。
  疑いもなく花をつけたたんぽぽである。
  このたんぽぽを採取したひとに、
  「どこで?」ときいたら、
  この土地で大泉と呼ぶ湧水の傍の
  水溜りの水の中だったと言った。
  私には信じられぬことだった。
  毎日零下十度以下が続いていて、
  時には零下五十度になる。
  水位が変わるのであろうか。
  冷え込む間、水に守られ、
  太陽の光があたる頃に、水上に出るのであろうか。
  クリスマスと新年の挨拶の言葉に、私は、
  次のような言葉を書き送っていたのを思い出した。

  かむいなる(かくれている)
  淵の根に花
  凍てつく冬に
  帰り行き見ん 」

(『地下水の思想』押田成人 「冬の花」より 111~113頁 )


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