2014年10月30日

0f4bcd53.jpg「 生前どんな生活を送り、
  どんなよいこと悪いことを
  したかは関係ない。
  宗教の有無とも関係なく、
  皆やすらかな顔をしているように
  見える。
  とくに死んだ直後の顔は、
  多くが半眼で、仏像そっくりな顔を
  している 」

(『人は死ぬとき何を思うのか』 青木新門の言葉より )


親鸞は、私たち人間の存在そのものが
悪であるということを「教行信証」の中で
繰り返し語っています
極悪非道な人間も聖人君子も異なることなく
人間の存在そのものが根源的に悪である
と親鸞は見通しているのです

これは見方によっては危険な思想にも
見えますが、だからこそ親鸞は
偉大な稀有な思想家だと私は思います

納棺師として無数の人々の死に直面した
青木新門氏は親鸞が説いた教えを
死の実相を見つめながらはっきりと
理解しているように私には思えます

青木氏の言葉は人は皆“等しい”ことを
いのちはすべて“等しい”ことを
高らかに謳っているようにも聞こえます


“遺体と真摯に向き合うなかで、
人は死の瞬間、すべての業(ごう)や、
怨嗟(えんさ)から解き放たれ、
すべてを許し、あらゆることに感謝するのだ”

とも青木さんは語っていますがこれは
すべての人に“等しく”約束された
浄土が用意されているということでしょう

それならば生きている間私たちは安心して
好き放題やりたい放題をやればよいのか?

これは、
私たちに突きつけられた難しい問いで
私たち一人一人が命がけで真摯に
自問自答しなければならない問いです


今日も一日
みんな
笑って
微笑んで


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