2014年09月

2014年09月30日

e4de0b79.jpg人で混み合った場所に行けば

「すりにお気をつけください」

という案内を見ることは時々ありますが

「すりにおつかまりください」

という表示を見たのは生まれて初めてでした
どこにすりがいるかも分からず思わず

「すりはどちらにいますか~?」

と大声で探し出してつかまろうかと
思いましたが、それも何だか変です

ひょっとしたら

「すりをおつかまえください」

の間違いだったのかも知れません

それなら、のろまな私には難し過ぎる
ということで諦めてエスカレーターの
“手すりにつかまって”私は改札口に
向かいました



今日も一日
みんな
笑って
微笑んで

追記:

馬鹿馬鹿しい記事に付き合ってくださり
大変ありがとうございました

JR川崎駅ホームのエスカレーターで
見つけた表示

「手すりにおつかまりください」

を見て“手”を無くしたら面白くなるぞと、
他の乗客がいなくなった後に何度も
エスカレーターを登り直してやっと
写真を写すことが出来ました

苦労した割には下らない惨めな結果と
なりました
捲土重来(けんどちょうらい)、
もっとまともなネタを見つけてきます!


2014年09月29日

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あっという間に9月ももう今日と明日だけ
今年も余すところ100日を切りました

あちこちに金木犀の香りが漂い秋真っ盛りですね

さて、

私が駒ヶ根千畳敷カール(2612m)に登ったのは
先月末、もう一カ月前のことになりました

カールの気温は16℃、短い時間に霧が出たり
太陽が顔を出したりの典型的な山の天気のなか
カールを散策、ボランティア・ガイドの方々に
咲き乱れる花々の名前を教えてもらいました

山の空気を身体いっぱい吸いながら歩き、
腰を下ろしては山頂を目指す登山者を見上げ、
二万年前の氷河期にも思いを馳せ、歩きます

娑婆世界とはまったく異なる天上界で仙人に
なった気分で半日遊んでまいりました

ありがとう、千畳敷カール!


今日も一日
みんな
笑って
微笑んで

追記:

ガイドさんにいろいろ教えてもらった花の名前、
覚えているのは以下の通りです

○ はいまつ
(おこじょがはいまつの種を鳥が運ぶ)

○ とりかぶと(きんぽうげ科)
(乾燥させたものは「附子(ぶし)」と
いう名前の漢方薬になるそうな)

○ えぞしおがま

○ みやまあきのきりんそう

○ みやませんきゅう(せり科)

○ くるまゆり

○ うらじろななかまど

○ たかねぶんないふうろ

○ ちんぐるま(稚児草)
(お稚児さんの髪の毛みたいだから)

驚いたことにこれは草ではなくて樹木らしい!
10年以上かかって初めて花が咲くそうだ!

○ あおのつがざくら
(すずらんみたいな白い花)

○ こまくさ
(何もないところに生えてくる
乗鞍岳のバス停のそばにあるらしい)


2014年09月28日

57b3ce10.jpg「(僕の)名前をつけてくれたんだね」
「 違うわ、聖アントニオからとったのよ 」
    ( 映画『ひまわり』の台詞から )


ゴーヤを使った料理を食べるのは
今年はこれが最後になりそうです

山の農園から送られてきたゴーヤで
スペイン風オムレツを作って食べました

山からの
白なす、ピーマン、シシトウの炒めものも
一緒にいただきます

玉子料理と言えばいろいろありますが
一度に沢山の卵を使った料理は見てるだけで
私はとても嬉しくなります

オムレツと言えば映画『ひまわり』

私の好きな悲しい物語の映画ですが、
新婚ほやほや幸せいっぱいの
マルチェロ・マストロヤンニと
ソフィア・ローレンがどっさり運ばれてきた
卵で巨大なオムレツを作って食べる場面を
思い出します

オムレツご馳走さまでした!


今日も一日
みんな?
笑って
微笑んで

追記:

冒頭の会話は運命のいたずらで引き裂かれた
元夫婦の二人が交わすさりげない会話です

ソフィア・ローレンの息子の名前を聞いた
マストロヤンニが自分の名前と同じなのを
知ってたずねる場面です
どうしようもない二人の辛さ悲しさが
伝わってきます


2014年09月27日

95eff764.jpg新宿駅にある某デパートのチラシ広告を
何気なく見ていて中国語、韓国語まで
使った宣伝になっているのを見つけて
少し驚きました

最近は駅や公共の場の表示が英語に加え
中国語や韓国語も当たり前のように
使われているのは承知していましたが
広告宣伝にまで使われるようになったとは
やはり驚きで隔世の感があります

国と国との政治レベルでは緊張関係が
いまだ続くこれら隣国ではありますが
隣近所の人たちとは仲良く出来た方が
いいに決まっています

「よい垣根がよい隣人をつくる」

と言います

あまり欲張らず自分勝手にもならず
相手を尊重し敬意を表して程よい垣根を
作って隣人と仲良くしたいものです


今日も一日
みんな
笑って
微笑んで

追記:

「私たちは友達です」

は、中国語、韓国語で

(ウォーメン シー ポァンヨウ)(中国語)

(ウリヌイチングイジダ)(韓国語)

と言いようです

私も覚えておきたいと思います


2014年09月26日

f257d5e5.jpg「 あんたはどちらから? 」
「 私は四谷のお寺さんから 」
「 私は新宿 」
「 いつ亡くなったの? 」
「 私は宝暦(1751~1763年) 」
「 そうですか、ところでそちらさんは? 」
「 私は天慶(てんぎょう)(938~947年)の頃です 」
「 そりゃあ平将門(たいらのまさかお)の
  時代じゃないですか! 」
「 そうなんですよ 」
「 あんたまた古い仏さんですな 」
「 そうなんですよ、私もまさかこんなに
  長死にするとは思わなかった! 」


“鬼の平蔵・鬼平”と盗賊たちから恐れられた
長谷川平蔵は石川島を埋め立てたときに
江戸中の不用になった墓石(無縁墓など)を
集めて利用したそうです

この墓石のことが落語のネタに使われたと
中野東禅氏に教えてもらいました
(調べてみましたが、噺の題は不明)

冒頭の会話は集められた墓石たちの会話で
“長死に”がオチになっています

人が長生きするのもけっこう大変ですが
墓石が“長死に”するのもそれなりに
大変なことだというのが分かります

それにしても墓の問題は現代日本人にとって
身近で具体的な問題になりつつあるようです

私は仏教に帰依していますが正直に言って
自分の墓はいらないと考えています

「 人は死んで三日たてば、
  三百年前に死んだのと同然になる 」

山田風太郎の言葉が私は気に入っています
また、こうあって欲しいとも願っています

この世は生きているいる人達のために
あるのであって死に逝く者は黙して語らず
静かに消え去っていくのが理想なのだ

他人様(ひとさま)に強要はしませんが
私は常々こう思っています

ただ、やっかいなのは、墓(や葬式)は
死んだ者のためというよりも生きている者の
ためにあるという事実があることです

遺言にしたためる方法もありますが
残され者が悲しみを乗り越えるために
一番無理のない方法を選ぶという選択肢も
あっていいのではと思います

今日は彼岸最後の日(彼岸明け)と
いうことで書いてみました

南無(なーむ)


今日も一日
みんな
笑って
微笑んで